五日目 告白
昨日と同じすっきりとした目覚めで今日一日が始まる。
昨日ともその前とも状況は変わっていない。
それなのにホンの少し考え方を、ものの見方を変えるだけでこんなにもすべてが変わってくる。
ただ恐れ、怯え絶望して待っているだけでは何も変わらない。
自分から変えようとしなければならない。
その変えるべき未来、真っ黒な写真を手に取った。
それを机の上にある黒い表紙の日記の一番最後のページに挟み、鞄にしまった。
この日記と写真がきっと重要な鍵になる。
そういう確信を抱いたまま俺は家を出て歩き出した。
3時間目の体育。
それまで何もない平凡な一日だった。
しかしその一日は体育の前の休み時間で終わってしまう。
それはいつもと違う感覚だった。
俺が見たのは1つではなく2つの未来だった。
いつもの体育の授業。
壁の近くにアイとサトミが立っている。
一つ目はただそれだけ。
しかし二つ目は違った
ちょうどサトミたちの寄りかかっている壁の上にかけてある校訓、それが落ちてきていた。
いや、まさに落ちるちょうどその瞬間だった。
そ、そんな・・・・
あの校訓は金属の額縁に入れられていて見た感じでもかなり重い。
あんなものが落ちてきたらひとたまりもない。
そこまで考えて落ち着いて一息をつく。
大丈夫、運命は変えれる。
サトミとアイの立っている位置が少し変わるだけで、それだけでいいんだ。
さっき見た映像を必死に思い出す。
わずかに時計が映像の隅に入っていた。
十時四十五分
授業が始まって十分ぐらいか・・・
「今日は部活の大会があって先生が少ないから体育館の半分から向こうでバスケット、手前でバレーをやる。」
ここでバスケットを選べばいい、そう思ってみんなに提案した。
「なあ、バスケにしないか?」
「わ、私はちょっと・・・バスケット苦手だし怖いからバレーにする。」
「そう、そんじゃあたしもサトミと一緒にバレーにするから。男ども二人はバスケに行ってていいよ。」
クッ・・・・
二人がバレーに行くとなるとこのままバスケに行ってしまったら二人を守れない。
「ヒロキはどうする?」
「俺も今日はバレーのほうがいいな。」
「そっか。それじゃおれもバレーにするか。」
よし。
これでいい。
あとはあの二人が校訓の下に立たないようにすればいい。
時計を見ると十時三十九分をさしている。
あと六分。
そのときにあの校訓の下に誰もいないようにしなくてはならない。
いまはそれぞれ五人ぐらいずつになって輪になって軽くパスの練習をしている。
サトミとアイは二人とも女子のグループに入っていた。
十時四十二分
「そろそろゲームやるか!」
誰かがそういった。
それを聞いてそれぞれ練習をやめチーム決めをする。
俺達とサトミたちはそれぞれ別々のチームになった。
そして俺達は最初に試合があり、サトミたちははじめは試合がなかった。
まるですべてが決められているようだ。
俺とヒロキの試合を見るためにこちらのコート側にやってくる。
そしてまるで吸い込まれるように近くの壁、信頼と書かれた額縁の下に寄りかかった。
俺は走り出した。
四十四分を示していた長針がガチャンと言う音を立てて四十五分を示す。
はっきりと俺の耳に届く金属がきしむ音。
傾き、落下を始める校訓。
すべてが重なる。
「サトミ!!!!アイ!!!!」
二人と壁の間に手をねじ込み、二人をできるだけ遠くに突き飛ばす。
何とか間に合った。
しかし勢いよく壁にぶつかり衝撃で体の動きが止まってしまう。
それでも、できる限りの力を振り絞って横へととんだ。
自分の体が木の床に叩きつけられたすぐ横に鉄の額縁があった。
「大丈夫か!!!」
体育教師が走ってくるのが見える。
無事だったサトミとアイを見て安心し、そこで俺は意識を失ってしまった。
結局サトミもアイも無傷で、俺も額を避けようとしたときに頭を床に打って軽い脳震盪を起こしただけですんだ。
帰宅後、二人を守れたことに満足し家で横になっていた。
ふと昨日の夜に見た未来を思い出して俺は公園へと向かう。
外はすべてのものがオレンジがかった赤に染まっていた。
さっきまで部屋の中にいたせいか、夕日で染められた外はまるでまったく別の世界のようだった。
そして公園へとついた俺はそこで携帯を手にベンチに座るサトミを見つけた。
「あ!!!その、どうしたの?」
「いや、なんとなく散歩をしたくなって。」
「今、呼ぼうと思ってたんだ。なんかすごいタイミングだね。まるで何かに操られているみたい。」
そんなことを言いながら手に持っていた携帯を振ってみせる。
「それで、何か用事があったの?」
「え?あ・・・うん。体育のときのお礼を言おうと思って。」
「ああ。気にしなくてもいいよ。二人が無事だったんだからそれで全部オッケー。」
そういったがサトミはなぜかうつむいていて、今俺が言ったこともほとんど耳に入っていない様子だった。
しばらくそんな沈黙が続いた後、サトミは意を決したように顔を上げた。
「違う。」
そして昨日の一瞬と重なる。
小さくていつもアイの後ろについて歩いていたサトミが今までに見たことのないほどしっかりとした目でこちらを見つめてきた。
「私が呼ぼうとしたのはお礼を言うためだけじゃない!私・・・」
そこまで一気に言った後、緊張したように息を吸った。
「ずっと前から好きでした!!大好きでした!!よかったら・・・よかったら私と付き合ってください!!」
けして大きい声ではないけれど強くしっかりした声でそういったあと何かを我慢して待つようにぎゅっと目を閉じた。
それはサトミの精一杯の告白だった。
俺はそれに対して精一杯考えた答えを返さなくてはいけない。
たとえ返事がイエスであってもノーであっても、しっかり、はっきりと答えなくてはならない、そう思わせるような言葉だった。
今までのサトミとの記憶が走馬灯のように脳裏で再生される。
俺はサトミになんて返事をすればいいのか。
なんて答えるべきなのか。
なぜかはしらないがその答えはすぐに出た。
もしかしたらその言葉を聞いた瞬間にもう返事は決まっていたのかもしれない。
「これからもよろしく。」
そういって返事を待っていたサトミをぎゅっと抱きしめた。
体を硬くしていたサトミが緊張の糸が切れたようにふわりとこちらに寄りかかってきた。
繊細で小さいけれど、そのときのサトミは強く大きく感じた。
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