第七刻 さん




「あら、ルイ。今日は早いのね。」

急にかけられた声の方を向くと長い髪のきれいな女の人が立っていた。

「その様子だとまだご飯を食べてないみたいね。うちの店で食べていかない?」

な!?
また心を読まれた!?

「なにをそんなにおどろいてるのよ。うちでごはん食べるなんてよくあることでしょ?それにあんたがそこまで真剣に考え事をするなんてご飯のことぐらいしか ありえないじゃない。」

「む!?それをランに言われたくはないな。」

「コラ!私のほうが年上なんだから『さん』をつけなさいっていつも言ってるでしょ?」

そっちを突っ込むか。
どうやら自分が大食いである事は否定しないようだ。
だいたい、小さい頃からずっとランと呼んでいるのにいきなりさん付けしろといわれても気恥ずかしいだけだ。

「いつまでもそんなところに突っ立ってないで入るならさっさと入りなさい。」

言われるがままに私は店内に入っていく。

「おはようルイちゃん。今日は早いね。」

店に入ると奥のカウンターで座っていた銀髪アンド短髪のいかにも紳士っぽい雰囲気のおじさんが新聞の奥から話しかけてきた。

「マスターもランと同じこというな。まるで私がいつも寝坊しているみたいじゃん。」

「それで飲み物が何がいい?」

華麗にスルーされた・・・
私の発言を華麗にスルーしたマスターは華麗にカウンターを飛び越え着地した後きれいに磨かれたグラスを取った。

「いつ・・・って、私が答える前に牛乳注ぐな!!!」

せっかく『いつもの』っていってかっこよく決めようと思ったのに言い終わる前カウンターに出されてしまった。

「あんたは何むくれながら牛乳飲んでるのよ。本当に子供ね。」

そういってランが私の横のイスにスッと腰を下ろす。
そういえば・・・

「そういえば、最近ここら辺で占いやってる店しってる?なんか怪しい爺さんがでっかい水晶の店なんだけど。」

「占い以前にその乏しい文章能力何とかしないと未来がないわよ?」

「む、マスタァ〜」

マスターに助けを求めてみる。

「うーん、水晶で占いをしてる店なんて聞いたことないな。」

という事はさっきのはなんだったんだ?
マスターはここら辺で一番の情報屋で、ここいら一体のことでマスターにわからない事はまずない。
そのマスターも知らないという事は私の夢かなんかだったのだろうか。

「ところで、朝ごはんはまだなんだろ?何がいいかい?」

「いつもので」

「いつものだって、ランちゃん」

「了解」

「まてまてまてまて!!!!なんでランが張り切って厨房に入っていくの!?!?」

「いつものがいいんでしょ?」

「私はまだ死にたくない!!!」

「ひどい言い方ね。だいたいいつもマスターに任せてるくせにいつものもなにもないでしょ。」

「だからって何でマスターもランに任せるの。文章能力以前にランの料理で未来がなくなるから。」

ランの料理はひどい。
喫茶店で働いていてプラスアルファ大食いのくせにまったく料理ができない。
そしてマスターもランの料理の危険性を十分に把握していながらどうしてさわやかにランに作らせようとする。

「マスターのサンドウィッチでお願いします!!!!」

ここまで言ってもまだランが厨房に入ろうとしたので私ははじめの5文字を特に強調して言う。

「あら、残念ね。」

心底残念そうにそういいながらランがこちらに戻ってきた。
そんなに私を殺りたかったのだろうか?

「それで、話が戻るけど占い師が何かあったの?水晶球を無理やりかわされたとか・・・」

そういって闇球で膨らんでいる私のカバンを見つめる。

「そんな・・・」

間抜けな事はしない!!!と言おうと思ったら店のドアが開きベルが鳴る。

「おはよう、ホタル。」

「おはようございますランさん。」

「うん。ホタルはいい子だね〜ちゃんとさんを付けて呼んでくれる。どっかの誰かさんとは大違いだ。」

「ホタルは誰にでもそうだよ。」

「あ、マスターさん。おはようございます。コーヒー甘めでお願いします。」

ほら。
わざわざマスターにもさんを付けてる。

「おはようホタルちゃん。ちょっと待っててね。」

「わかりました。おはようルイ。早いのね。」

ですよねーーー。
なぜかいつも私にだけはさんをつけない。
同級生にもみんなさんをつけるのになぜか私だけだ。
これは軽い差別なんだろうか?

「ねえホタル。私にも遠慮せずに『さん』をつけてもいいんだよ?」

「・・・マスター、ルイの牛乳にアルコール入ってるみたいです。」

「私は酔ってない!!!」

なんということだ。
これはあるまじき事態だ。
さっきからのみんなの対応といい、どう考えても私の立場は間違った位置にある。
これじゃあ軽くいじられキャラだ。
これは何とかしなくては。

「やっぱり間違ってると思う!!!」

「そう?おかしいな、アルコールをうっかり入れるなんて事はないと思ったんだけど。」

いやいやマスター、そう来ますか。
もうこうなったら徹底的にむくれてやる!

「あんたは一体何あからさまにむくれてるのよ。」

「だってホタルがさんだもん」

「はあ?何言ってるのよ」

「ルイちゃん。きっとホタルちゃんはね、誰よりもルイちゃんに心を許しているんだよ。だからルイちゃんには『さん』なんて堅苦しいものを付けたくないんだ よ。」

「マスター・・・そっか、そうだったんだねホタル・・・」

「そうだよ、ル・イ・さ・ん。」

うおぉおおおおおお
さっきまでものすごくさん付けで呼んで欲しかったのに今は逆に悔しい!!!

「ところで話をグインと戻すけど、結局あんたは占い師と何があったの?」

何ですかその擬音は。

「なんか意味のわからないことを言われたんだって。なんか歯車とかレコードとか・・・」

「歯車やレコード???」

不思議そうな顔をするランにホタルが完結に答える。

「きっと占いや兼修理屋なんですよ。もしくはルイの妄想。」

「それだ!!!」

「まてまて。今ランはどっちの可能性を肯定した?」

「後者に決まってるでしょ?」

これは本当に私の立ち位置について真剣に考えねば。

私の長期休暇中の目標
・シトと仲良くなる
・この素敵な立場を変える

いやいや、この妙に意味深な一つ目の目標は何だ?


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