始まり・終わり
目を覚ますと真っ暗な空が広がっていた。
体を包んでいた膜は消え、俺が横たわっているすぐそばには石碑が立っていた。
結構古いようで大きさもあり、そこには何か文字のようなものが刻まれていた。
辺りを見回すといつもの四人、あや、りょう、ハル、愛夏が横たわっている。
そして地面を見るとそこには大きな六芒星が描かれ、四人はそれぞれその頂点に横たわっていた。
機関のメンバーの姿は見当たらない。
石碑と六芒星の文様以外に何も見えないこの場所を他に何かないかと見回していると皆が目を覚ます。
「ここはどこ?」
少し心配そうにそう尋ねたあやにわからない、と答える。
りょうは黙って周りを見渡した後俺の傍らにある石碑まで歩み寄る。
「イオリテス・・・そう書いてあるのか?」
「たぶんそう思う。」
石碑の一番上に書かれた文字はそのように読めた。
だが、俺はこんな文字を今まで見たことがない。
「なんか読めるな。意味はわかんないけど・・・」
こちらに来たハルが俺たちの間から覗き込むように石碑を見る。
皆にも読めるようだ。
「それにこの足元に書かれた六芒星。ダビデの星か、それとも魔よけなのか。」
再びあたりを見回したりょうが今度は地面を見ながら言う。
りょうは後から目覚めたので知らないが、皆が倒れていた場所が丁度それぞれの頂点の上だということにも何かあるのかもしれない。
「なんか不思議な場所だな」
そういって図形のひとつの頂点の上に立つ。
そこは丁度ハルが気を失っていたのと同じ場所だ。
「とりあえず他のみんなと合流しよう。」
何かあったときに俺とりょうの二人だけで三人を守るのは、場合にもよるが厳しい。
しかし、そうは言っても他の皆がどこに居るのかはわからない。
そう考えていると頭のずっと遠くでカチリという音が鳴った。
そしてさっきと同じように透明な膜が俺たちを包み込んだ。
その球状の膜からは一本の細い紐のようなものが伸びていた。
「りょう、これ。」
「ああ。たぶんレコルドだと思う。これを辿っていこう。三人とも俺とゆうから離れるなよ。まだ安全とは限らない。」
そして俺たちは紐をたどって歩き出した。
六芒星から出て少し歩いたところでスッと何かとすれ違ったような感覚がする。
振り返ると、そこには何もなくなっていた。
床に描かれた六芒星もその中心に据えられた石碑も。
「消えてる・・・」
俺のそう呟く声で皆も振り返り、そしてその消え去った後をみて唖然とした。
「たしかにあったよな・・・」
口をポカンとあけて驚きそうもらしたハルの傍を通り過ぎ、さっきまで石碑があったところにりょうが立つ。
皆がその後に続いて消えてしまった六芒星の上に立ち、黙ってお互いに視線を交差させる。
「おまえら何してるんだよ。」
俺たちを現実に戻すように遠くから話し声が聞こえ、ウィストの声が響く。
「さっきまでここに石碑があった。」
「はぁ?」
「あぁ。俺も見たしここに居る三人も確かに見ている。間違いない。」
「それでその石碑どうなったのじゃ?」
「消えた・・・俺たちがここから少し離れた瞬間に。」
あの何かとすれ違ったかのような感覚。
そのときに消えたのに間違いないはずだ。
「ふむ・・・」
レコルドはそう呟いてから手に握っていたものをカチリとならし、俺たちから伸びていた紐がスッと溶けるように消える。
それは透明なガラスの小さな箱で中では銀色のパーツが複雑に噛み合い、丁度ライターと同じかそれより少し大きいくらいだった。
「エアル、レウル。どう思うかのう?わしはそうであると半ば確信しておるわけじゃが。」
「恐らく間違いないだろう。」
「私もそう思います・・・」
三人の声には緊張の色が見て取れる。
この三人は一体何を知っているのだろうか?
レコルドは状況をいまいち察知できていない俺たちの様子をみて説明を始めた。
「昔、機関のメンバーはここと同じような空間に迷い込んだことが一度だけあったのじゃ。不安定な空間で、空間のつながりもバラバラで、まるで複雑な
迷路のよう。数歩進んだだけで後ろにあったものが消え、逆戻りしても元の場所にはもどれない。そんなことはしょっちゅうおきるような空間だったのじゃ。」
「でも、どうしてこんなところに?」
ゼロがそんな空間に皆を集めるとは思えない。
とすると今回のように無理やり飛ばされたのだろうか。
「機関の召集で皆が部屋に集まっているときじゃった。あのとき空間ごと根こそぎ部屋をこの空間へと飛ばされたのじゃよ。何者による仕業かはわからん
かった。」
「それで、その後は?どうやって元の場所に?」
そのときと同じ方法を使えば今回もまた元の場所に戻れるはずだ。
しかし、その問いにレコルドは黙り込んでしまう。
「あの時は、ゼロが無理やり帰り道を作り出したんです。その後はしばらく体を動かすこともできないような状態でした。」
レコルドの代わりにエアルが言葉を続ける。
あのゼロでさえ帰り道をやっとのことで作り出したのだ。
俺たちの中で空間を操るような能力者は居ないしゼロほどの力を持った人間も居ない。
八方塞。
俺たちがここから抜け出す手立てはないのだろうか。
「こんなところでじっとしていても何も始まらないと思う。迷路は黙ってそこに立ってるだけじゃいつまでたっても解けないよ。」
沈み込んだ空気の中であやが明るくそういった。
こんな状況で不安でないはずもなく、内心かなり無理をしているのだろう。
「あやの言うとおりだね。機関ってのはこんなもんなの?あたしはもっとスゴイところだと期待してたんだけどねぇ。」
愛夏もあやにあわせて明るく振舞う。
「今回はどうやら二人の女神に救われたみたいですね。二人の言うとおり、いつまでもこんなところに居ても仕方ありませんね。とりあえず前に進みましょう
か。」
二人につられて口調に軽く笑みを含みながらワイズがそういい、その言葉に二人が照れて顔を赤くする。
「お互いにできるだけ離れないようにしてください。」
そういいながらワイズが先頭に立ち歩き出し、何歩か歩いたところで何かを通り抜ける感覚と共に地面の色が黒から白に変わる。
そこでまた数歩進んだところでワイズは急に足を止める。
「ゼロはここから元の場所へと戻るとき、術式を使ったりしたのではなく彼の空間を操る力を使って無理やり通り道を作りませんでしたか?」
「そうじゃな」
「向こう側の出口はどうなっていますか?」
「多少跡は残っていたがすぐに消えてしまったのう。」
「それでも、例えば厚い壁に穴を開けたとき、向こう側に開く穴よりもこちら側にあく穴の方が大きくなりますよね。」
「・・・一体何を見つけたのじゃ?」
前を向いたまま質問を続けていたワイズは何もない空間を指差す。
その先を目を凝らしてみるが何も見えない。
ワイズは力に関する感覚が人一倍鋭かった。
空間の異常や変化も、関与することはできないがどんなにわずかなものでも感知することはできた。
「あの場所。空間が脆くなっています。丁度、強力な力で無理やり穴を空けたような感じです。」
「なるほど。綻びがあるなら俺たちでも空間に通り道を作ることができるということか。これだけ能力者がそろっていれば力は十分ある。だが、元の空間まで届
かない可能性もあるな。」
「それに関しては賭けですね。どうおもいますか?ヴィオ。」
もしこの空間がレコルドの言うとおりのものならいつまで立っても出られない可能性もあるし、ここにまた戻ってこれない可能性もある。
そうなると、やはりここは試してみるべきではないだろうか。
「やってみる価値はあると思う。」
「わかりました。それでは術式の構成をお願いします。全員の力を一点に集中させるような。地点はここです。」
そういってワイズはさっきまで指を差していた場所に立つ。
そこを中心にして力を集めるように式を構成し、力の増幅の式も加える。
「それじゃあ行くぞ。術式、展開!」
それぞれの足元に文様が描かれる。
皆の力が一点に集中していくのがわかった。
それにあわせて術式の中心が歪んでいく。
次の瞬間、ドッという衝撃と共にその中心に穴が開き、一部が消えた術式は強制的に終了する。
「とりあえず成功だな。」
ウィストが現れた穴の中を覗き込むようにしていった。
「危ないですよウィスト。首が飛びますよ?」
その穴にまさに首を突っ込もうとしていたウィストはその言葉にビクリと反応して飛びのく。
「お、おまえそういうことは先に言えよ!」
「首が飛べば少しは利口なったかもしれないのに。」
「レイピス、おまえそれはどういう意味だよ。」
「さあさあ、今はそんなどうでもいいことでもめている場合じゃないですよ。ヴィオ、これを安定させることはできますか?」
レイピスの容赦のない突っ込みに言い返そうとするのをワイズがなだめ、話を続ける。
どうでもいいことってどういうことだ、と突っ込むは無視する方向でいくらしい。
「さすがに無理だな。」
この裂け目を安定させるということは術式をこの裂け目の内部、少なくても境界部分にまで式を展開しなければならないことになる。
だが術式を空間の存在しないところや切れ目を跨いで展開するのは無理だ。
「そうですか。とりあえず、これがどこまでつながっているかが問題ですね。」
「しばらくは閉じる様子もなさそうだし、ここは通ってみるのが一番手っ取り早いだろうな。」
裂け目の前にたってレウルがそういった。
「レコルド。どう思います?」
「断言はできないが、わしにはそこまで危険ではないように思える。」
「そうですか・・・それでは、レウルの言うようにここを通り抜けましょうか。」
レウルはそれを聞くと無言で裂け目の中へと消えていき、皆もそれに続いた。
俺たちが現れたそこは真っ黒な大地がずっと後ろから続き、そしてそれが目の前で途切れ、底の見えない崖となっている。
そんな場所だった。
その底の見えない崖は巨大な円形で、横のずっと遠くを見ると丸く曲がっていっているのがわかる。
そして地面にぽっかり穴が開いているようになっているその中心、見えない底からは巨大な螺旋状の柱が続いていた。
「この柱、どこに続いていると思う?」
そんなことをふと口にした。
誰に聞いても返ってくる答えは同じだとわかっているのに、そんな問いを誰へでもなく発していた。
「お前はやっぱり馬鹿だな。元の場所に決まっているだろ。」
「世間一般的にはそういう考え方のほうが馬鹿なんだろうな。」
「そうだな。そうなるとどうやら今回は俺たちが馬鹿のようだ。」
「馬鹿な会話はもういいから。」
ウィストの発言に俺が突っ込みりょうが突っ込み、そしてレイピスが総まとめに突っ込む。
「これは帰省本能のようなものなのかのう。」
皆がそういいながら崖のぎりぎりまで歩み寄ると、突然足元から柱へと向かって透明な階段が伸びていった。
「これは罠なのか?」
上っている途中で階段が消えてしまわないとも限らない。
そう言った俺にレウルが返す。
「そんなことを気にしてどうする?下を見てみろ。人は落ちたときに死ぬのではなく落ちきったときに死ぬ。幸いここは底がないようだ。落ちたら落ちたで十分
その間に策を練る時間もある。」
なんつー強引な考え方だ・・・
確信がある。
たった今ここに居た俺たちの心はひとつになっていた。
恐らくいま考えたことを皆に聞くのも馬鹿なことなんだろう。
「まぁとりあえずここには他に何もないようですし、前に進むしかないですね。」
俺は先頭に立ち、恐る恐る階段の一段目へと足をかける。
すると足はちゃんと階段の上で止まった。
「行くぞ」
俺は階段の一番上、柱の目の前まで上ったところで皆に声をかける。
目の前にある柱は、わずかな光を発していて、液体か気体もわからないような物質でできていた。
恐らくこの中に入ればいいのだろうと直感し、そしてその中へと足を入れ、体全体を入れた。
その瞬間にまるで下に向かってながされていくような感覚がし、周りがだんだんと暗くなっていく。
そして完全に真っ暗になったその後すぐに上っていく感覚になり周りが明るくなっていった。
突然視界が開ける。
俺たちはさっきと同じ光景の中で浮いていた。
丁度柱と崖の間の空間。
さっきまでならば階段の中腹だった場所。
崖となって下へと続く地面はさっきとは違い黒色ではなく茶色だったが、それいがいは全部同じだった。
「ここは・・・」
そういいかけたとき、今度は視界が後ろへと流れてく。
まるで宇宙のような場所。
前に一度見たことがある。
そう、五人で買い物に行ったときに夢の中で見たのと同じような場所だ。
ただ、今回は丁度目の前に光の層が広がり、上と下にも同じ層がある。
層は丁度俺たちのいるところで穴が開いてるようになっていた。
「ここはまさか・・・」
周りを見た瞬間レコルドは何かを悟ったのか驚きの声を漏らした。
「どうしたんだ爺さん?」
「ここはおそらく空間の間じゃ。目の前にあるのが第四層、上と下がそれぞれ五層か三層じゃろう。」
空間の間?
それじゃあ俺が買い物のときに見たのはなんだったんだ?
いろいろと思考をめぐらせているとあやが何かに気付いた。
「ゆう、なんか上と下の光が近づいてきてる。」
そういわれてよく見てみると上と下にある光の海はじわじわと真ん中の光に近づいていた。
さらに目を凝らしてみると真ん中の光の海からは無数に黒い糸のようなものが伸びていて、それが上と下の二つをひきつけているようだった。
「おい、つーことは3層と4層と5層がぶつかるってことだろ?」
「そういうことに・・・なりますね」
「それってとんでもないことになるんじゃないの!?私たちの世界はどうなるのよ!?」
そういうレイピスは明らかに動揺していて、いつものような雰囲気はない。
「罠にはめられたのう。人間は能力に干渉されたり、他の空間への移動を行うことによって能力が強制的に目覚める。堕ちたる者は犠牲を払うことで強くなる
が、生贄とな
るものは普通の人間より、能力者として目覚めているほうが得られる力が大きい。」
「つまり、裏のやつらはすべての人間を無理やり能力者にして、それを生贄にしようと?」
りょうがそういった声はかすかに恐怖で震えているのがわかった。
「おそらくそうじゃ。堕ちたる力を手に入れた今のやつらなら、わしらの邪魔さえなければそれくらい容易いだろう。」
いったいどうすればいいんだ?
決まっている。
「りょう!!層と層の間に見える黒い線を切るぞ!!」
「わかった」
夢と同じだった。
体は思ったとおりの方向に動く。
俺とりょうはできる限り巨大化させた剣をもち一番近くにある黒い線に向かって突進する。
他の皆もそれぞれ黒い線に向かっていた。
「観客は黙ってみていてもらおう」
そう言う声が響いた瞬間に目の前に黒い仮面が現れた。
ズドッ!!
みぞおちに男の拳がねじりこまれる。
そのあまりの衝撃に呼吸が止まりそうになった。
隣にいたりょうも反対の拳で同じように殴られたようだ。
「いまお前たちを殺せないのは非常に残念だ。」
顔を上げるとそこに浮かんでいるのは黒いコートに黒い仮面。
あたりを見回すと同じような姿がいくつも浮いている。
「裏の機関!!ラズ、レコルド、エアル。3人を頼む!他のみんなは空間が重なるのを止めるぞ!!」
皆に指示を出した後、りょうと二人がかりで目の前の男に切りかかる。
「リーダーの言いつけは破りたくないのだが。」
男はそう言って大剣を出し、俺たちの攻撃を止める。
おそらくこいつのハイマだろう。
体が隠れてしまうほど横幅が大きく、長さも柄を含めば俺の身長と同じくらいはあるのではないだろうか。
それ程の大きさの剣をそいつは軽々と振り回し、二人がかりの攻撃を簡単に防いでいく。
最初の瞬間に気づいていた。
こいつには勝てないと。
おそらく、リーダーの言いつけとやらがなければ一瞬で殺されているだろう。
俺達ががむしゃらに切りかかってる間にも世界はひとつになっていく。
視界が光に飲まれ、それにあわせて意識が遠のくのを感じる。
男はその姿が完全に見えなくなる前に言った。
ゲームオーバーだ。新しいNo.0、表の機関の諸君。戦慄の儀式の始まりだ。
俺たちは見届けることしかできない
今までの平穏な世界の終わりを
悪夢の始まりを
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