二日目 -思考の輪廻(1)-
暗い未来への断片も予感もない。
いつものように目覚め、いつものように朝食をとり、いつものように登校する。
でも、たしかに確かに変わっていた。
すべてが現実で真実だった。
授業と授業の間の休み時間。
いつもどおりのざわついた教室。
俺はいつものように俺の席のところに来たヒロキと話していた。
「そういやさ。今日おまえなんか様子が変だよな?」
「そうか?そんなことないと思うが」
やっぱり傍から見ても変だったのか。
昨日のことを意識しないようにしていても、つい色々と考えてしまう。
そのせいか、ずっとなんとなく頭が重い気がしていた。
「もしかしたら昨日少し寝るのが遅かったからつ」
ッ!?
そう言いかけた瞬間だった。
カメラのフラッシュのように何かが一瞬、脳裏に鮮明に浮かび上がった。
いや、浮かび上がったというよりも過ぎ去ったといったほうが正しいのかもしれない。
見えたのは一瞬だが、まるで残像の様に頭に残る映像。
いつもこの教室の、この席から見える光景。
授業中のようで、机の上に白い紙が一枚伏せてあった。
物理の小テストだ。
そこに書かれている問題はその紙の上で見るのは初めてだったが、以前に見たことがあるものだった。
昨日、寝る前に見たのと同じ感覚。
「どした!?」
ヒロキの顔が心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
あまりに突然の出来事に驚き、おもわず言葉を見失ってしまった。
昨日は半分眠っている状態のときに見たからだろうか。
その感覚は昨日以上に鮮明で鋭い感覚だった。
俺はあわてて何を言いかけていたかを思い出し、再び口にする。
「あ、ああ。寝るのが遅かったから疲れてるのかもしれない。」
「そうか。次の数学の時間寝るなよ?あいつ起こると怖いからな。」
ヒロキはいたずらにそういいながら笑って自分の机に戻っていった。
今のはきっと未来の一瞬。
昨日見たのも。
いや、まだわからない。
あいつにそういわれたからそう思い込んでいるだけかもしれない。
今見たものが実際に起きないとなんともいえない。
そうまとめてから授業のために頭を切り替えるのだった。
退屈な数学の授業中、気がつくと、またあのことを考えてしまっていた。
そもそも、未来のたった一瞬が見えて何になるというのだろうか?
いくら未来が見えるからといって一瞬じゃどうにもならない。
一瞬を軽く見
てはいけません
それに、いつのものかもわからないんじゃ意味がない。
その一瞬が、その過去から未来へとつなぐのです
大体、漆黒の未来なんてのもうそ臭い、信じられない。
それはあなた次第です
なにか昨日のことを否定することを考えるたびにあの声が言ったことが頭をよぎる。
ふと、ノートをとるために顔を上げた瞬間だった。
黒い壁に並ぶ数と文字の羅列が見たことのある一瞬と重なる。
新しい公式、問題を解いた計算の式、文字の配置。
すべてがまったく同じだった。
まったく同じ。
ふと、さっき休み時間に見た光景を思い出し、かばんをあさり物理の問題集を取り出す。
さっきの一瞬見えた問題。
あれは物理の問題集の後半に書かれていた問題だったはずだ。
とても難しく手をつけなかった発展問題。
次の物理の小テストはこれが出るのか?
おれはそのページに折り目をつけ、かばんにしまう。
再び黒板に目をやるが、さっきまでの数式は消され新しいことが書かれていた。
それでも記憶にある一瞬をつかい、ノートに書いていく。
未来の一瞬は普通の一瞬よりはっきりと記憶に残っていた。
まるで、俺の脳に直接刻み付けられたかのように。
俺は、授業が終わった後、さっきの物理の問題集の答えを眺めた。
もし、本当に未来を見ることができるのならこれで確実に満点をとれる。
周りのみんなが次の小テストに向かえて教科書や参考書を読んでるなか、俺一人だけがこの問題集を開いていた。
物理を受けている生徒全員がこの問題集を持っているが、難易度が高くまったく開いたこともないという生徒も多い。
問題を引用してくる確率は確かに高い。
だが、この問題集から出す確率が高いにしても問題はほかにも山ほどある。
ちょうど解答を完璧に覚えきったころに、授業開始のベルがなった。
「今回の問題はレベルが高いからな。時間は15分だ。それじゃあ、始め」
問題をひっくり返す。
思わず声を漏らしそうになる。
まただ。
まったく同じ。
いまこの瞬間の、机の上の筆箱や消しゴムの配置。
この瞬間を本当に写真に撮ったように何もかもがまったく同じだった。
俺は、さっき覚えた解答を書き写してからまた考えた。
あの声が言ったことはすべて正しかったのか?
俺は未来の一瞬をランダムに見ることができる。
それじゃああの真っ黒な写真は?
あれは一週間後の俺の未来だといった。
真っ黒ってどういうことだ?
もしかしてもう死んでいるってことかなのか?
なぜ?
漆黒の結末から逃れてみてください
もし本当にそんな未来が待ち受けているというのなら絶対無理だ。
さっきも考えた。
たった一瞬でどうしろって言うんだ!!
そこまで考えてから冷静さを失っていたことに気づき、すべてを振り切るように頭を振る。
ありえない。
そもそも真っ暗な場所なんていくらでもある。
たまたまそこにいたときの瞬間かもしれない。
ただ単にあの声の主のいたずらかもしれない。
それはすべてが決まってしまい、終わってしまったから。
未来の一瞬のように頭に鮮明にその言葉が浮かんだが、もう何も考えない。
考えたくなかった。
「お前すごいな。さっきの小テストあってるのお前だけだってな。」
ヒロキが茶化すようにいった。
物理の先生は問題を回収した後ぱらぱらと集めた解答をめくっていった。
その結果、合っているのは俺だけだった。
「あんなのたまたまだ。テストの前になんとなく問題集見てたらその中にたまたまあった。それだけだ。」
「相変わらずクールだねー」
おれがそう言いうとにアイが後ろから声をかけてきた。
「クールだね〜」
さらにその後ろからサトミがヒョコッと顔を出していった。
俺と、ヒロキ、アイ、サトミは小学校からの付き合いだ。
奇跡的に今まで一度も別の学級になったことがない。
「ところで、今日の帰りに新しくできた駅前の喫茶店に行ってみない?」
「昨日の帰りにちょっとのぞいてみたんだけど結構いい感じだったよ〜」
アイとサトミが言った。
そういえば最近チラシが入ってたな。
今日は特に用事もないし大丈夫か。
ちょうどいい気晴らしにもなる。
「俺は大丈夫だな。」
「俺もオッケーだぜ。」
「よーし。そうと決まったら午後の授業もがんばってのりきろー!」
そういうとアイは元気よく席に戻っていた。
「あいつの場合張り切らなくても眠ってるうちに授業終わってるだろ。」
ヒロキが軽く笑いながらそういった。
だが、ヒロキも人のことをいえない。
俺がヒロキのほうをみると8割方眠っている。
「たしかにそーかも。ヒロキもだけどね〜」
「なんだと?心外だな。」
ヒロキが急にまじめな顔をつくって格好つけてそう言った。
「あはは〜似合わないよ〜?」
それを見て、サトミも笑いながら席に戻っていく。
「そんじゃいきますか。」
最後に、ヒロキも軽く伸びをしながら席に戻っていった。
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