第五刻 生物兵器の用法用量とその精製方法〜ブルーチーズの香り〜




「・・・・」

何だこの食材たちは。
机の上で誇らしげに主張する食材たちを見る。
納豆、桃缶、バター、カラスミ、くさや、納豆、豆腐、小豆、ブルーチーズ。
もう一度言わせて欲しい。
何だこの食材たちは。
それに微妙に豆類が多いな。
そんなことはどうでもいいのだが、これからいったい何ができるんだ?
母さんは料理する気あるのか?

「・・・あ、そっか」

だから逃げたのか。
よし、俺も寝よう。

「ただいまシト」

「うわ!!」

自分の部屋へと逃げようとした瞬間。
後ろからいま一番聞きたくなかった声がした。

「今日は父さん仕事が少し早く終わってね。あれ?ご飯、まだできてないのかい?ひさしぶりに父さん腕を振るっちゃおうかな。食材もかなりいいのがそろって るね。ぱっと見ていくつかメニューを思いついちゃったよ。」

モウダメダ。
これを見ていくつかメニューを思いついちゃったんですか。

「シトも居間でリンと一緒に待ってなさい。とっておきのを作ってあげるから。」

恐ろしい笑みを顔に貼り付けた父さんを残してキッチンを去る。
グギュ、ゴギッ。
グチュ、ゴボボボボ。

「シト兄ぃ〜こわいよぉ〜」

キッチンからはとても料理をしているとは思えない音が鳴り響いている。
そして、隣ではリンが毛布をかぶって縮こまって震えていた。
俺も座っていて冷や汗がだらだらと出てくる。
正直、どちらも父親の料理がトラウマになっているのだ。
母さんはきっと今日ある食材を見た瞬間にまともな料理が作れないと直感し、買い物に行っても間に合わないと知り、そして逃げたのだ。

「シトーリンーできたぞー自信作だ。」

俺とリンは恐る恐る自信作を見る。
大皿の上にはエメラルドグリーンをどす黒くしたような液体とも固体とも思えない何かが謎の形を成している。
あの中の何をどう混ぜればこんな色ができるんだ?
きっと父さんはこの世に新しい物質、いや劇物を産み出したに違いない。
そもそも、もともとあった食べ物の総量の3倍近くあるのは気のせいだろうか?

「さあ、遠慮せずに食え。」
恐る恐るスプーンで口へと謎の物体を運ぶ。

「・・・・グエッ」

物体が口についた瞬間焼けるような刺激を感じ、その後なんともいえない味が口の中に広がる。
苦いといえば確かに苦いのだがそれだけではない。
これこそまさに涙が出るほどの味というのだろうか?
俺は味を認識した瞬間にコップの水に手を伸ばす。

「ウッ」

「水もレストランのみたいだろ?ハーブがなかったが変わりに庭に生えてた草とブルーチーズを少し入れてみたんだ。こんなこと思いつくなんて父さんすごいだ ろ?ウッハッハッハ」

最後まで聞き終わる前にあわててながしに行き水を飲もうとする。
しかし、先にはそこでリンが水を飲んでいる。
これじゃあしばらくこっちは無理だ。
この父親は何のために子供にこんな生物兵器の二重トラップを仕掛けているのだろうか?
そんなことを考えながら洗面所へとダッシュしコップを使わずにそのまま直で水を飲む。
飲むというよりは口の中を洗うというほうが正しいかもしれない。
数十分後、何とか回復して居間に行くとリンがぐったりしている。
俺もその横に崩れ落ちる。

「あれだよね。『誤って目や口に入った場合は大量の流水で洗いなかしてください。』みたいな。」

あれは薬か?
いったいどこに効くって言うんだよ。

「シトーリンーもういいのか?」

「もう十分だよ。あとはお父さんが食べて。」

「そうか。仕方ないな。じゃあ全部食べちゃうぞ?」

本気か?
後ろのテーブルを見ると父さんは普通に謎の物体を口に運んでいる。水も普通に飲んでいる。

「うまっ!こりゃあ最高傑作だな。」

そっか。
父さんの料理がこんなにまずいのは舌が異常だからか。
もう・・・寝よう
自分の部屋がある二階へあがり、戸に手をかけたときだった。

「シト。ちょっと。」

振り向くと母さんが自分の寝室から頭だけをひょっこりと覗かせ手を招いている。

「お父さん作っちゃった?」

「ああ」

「やっぱりか。逃げて正解だったわね。」

正解じゃないだろ、こっちは死に掛けたんだ。

「ちゃんと買い物しとけよ。」

「ごっめーん。めんどくさくって。」

なに?

「父さーん!!母さんがおなかすいたからご飯食べるって!!下降りるのめんどくさいから寝室まで持ってきてほしいって!!!」

「おお、そうか。今もっていくって母さんに伝えてくれ。」

「ちょっ、シト。あんた母親である私を裏切るの!?」

そんなの知るか。
自分だけ逃げようなんてそうは行かない。
俺は自分の部屋に入り戸を閉めた。
布団に横になると階段を上がってくる音が聞こえてきた。

あ、あらお父さん。まぁあ、素敵な料理ね。どうやって作ったの?
ヒ・ミ・ツ
そ、そっか。持ってきてくれてありがとうね。もうもどってもいいわよ?
まって、せっかくだから僕が食べさせてあげるよ。はい、アーン・・・

そんなほほえましい会話の直後、勢いよく扉が開く音が聞こえ、その後階段を駆け下りる音が聞こえた。

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