第一話 はじまりと日常




ピピピピッ ピピピピッ ピピ ガチャ

眠い・・・

ベットの横でうるさく鳴り響く目覚ましを思いっきり叩いて止め体を起こす。
七月のまぶしい朝の光がカーテンの隙間から差し込み、暗い部屋の中に一筋の光の線をつくっている。
眠気を払うように思いっきりカーテンを開け、しかしそれでもまだはっきりとしない朦朧とした意識の中、学校にいく準備をする。
ふらふらした足取りで階段を降り洗面所へと向かい顔を洗い、そのまま制服に着替えかばんを持って居間へと向かった。
居間に入るとテレビをつけ朝のニュースを聞きながらキッチンに立ち朝食をつくる。
作るといってもトーストにバターを塗って終わりという程度のものだ。
たとえどんなに眠くても、この一連の動作はプログラミングされているかのように無意識のうちに実行される。
親は仕事の関係で俺が高校に入学した今年の春から海外にいっている。
いつ帰ってくるかは俺も知らない。
五月に入ってから一度帰ってきたがコーヒーを飲んで一時間ほどで生活費を置いてまたどこかの国へ行ってしまった。
最初のころは一人で暮らすのが自由でうれしかったが、慣れてしまった今ではただただ面倒なだけだ。
牛乳をコップに入れトーストを口にほおばりながらさっき見た夢のことを考える。
また同じ夢だった。最近良く見るな。
ここ一週間毎日続いている暗いところを落ちていく夢。
実はこれとまったく同じ夢を昔にも一度見たことがあった。
あの日俺から見える世界のすべてが変わった。
もしかしたらあの日に見たのは夢ではなく現実の出来事だったのかもしれないという確信に近いものを今では感じている。
それは自分の中のどこか奥深くで実際にあったこと。
小学六年生のときだった。




あの日、朝起きたときから体になんともいえない不思議な違和感を感じていた。
もやもやとした、霧がかかっているような感じとでも言うのだろうか?
その違和感は学校へ行き昼を過ぎても消えることがなく、さらに頭からはあの夢の事が離れなかった。
結局俺は今まで感じたこともないような違和感と妙にリアルな夢の記憶を抱いたまま一日を過ごした。

そして学校を終えた帰り道。
十一月の中ごろであたりは真っ赤な夕焼けにつつまれていた。
人通りのない道を歩いていると、どこからともなく怪しい黒いコートを着て白い仮面をつけた男が現れた。
通りの先の角を曲がってきたわけでもなく、その男はまるで湧き出るかのように現れた。
しかし、その時の俺はそのことには何の違和感も感じず、それがごく当たり前の自然のことのように思えた。
そんなことよりも、俺はその男の"存在"自体に異常なまでの違和感を感じた。
男の格好や突然現れたことなんかよりその男がここに在る事自体を異質だと思ったのだ。
まるでちょうど朝からの違和感の塊、そんな感じだった。
その"違和感"はそのまますれ違うのでもなく、俺の前でぴたりと立ち止まった。
そいつは、つられて立ち止まり怪訝そうな顔で見ている俺に向かって唐突に話しかけてきた。

「お前はもう普通の人間ではない」

「え?」

あやしい男が最初に口にした言葉はそれだった。
聞いたことがある声ではない。
まったく知らない人のはずだ。
なのにまるで知り合いのように、ごく自然に話しかけてきた。
話している内容も当然のごとくまったく理解ができなかった。
理解できるやつがいるならぜひ会ってみたい。
しかしなぜか俺はそのまま立ち去る気にはなれず、話を聞いてみようとおもった。
それはもしかしたら、朝から消えないこの違和感がこの男と何か関係があるかもしれないと感じたからかもしれない。

「誰?どういうこと?」

「言葉のとおりだ。お前はもう薄々気づいているのではないか?」

「・・・この変な感覚のこと?」

「そうだ」

「それじゃあ、もしかして夢のこともわかるの?」

俺はついその男に普通じゃ理解されないような質問をしていた。
自分にしか感じることができないはずの違和感のこと、自分しか知らないはずの夢のこと。
その問いに対して男はまるで俺のことをすべて知っているかのように答える。
そしてすべての始まりである事実を口にする。

「夢とは少し違う。おまえは目覚めたのだ。」

意味がまったくわからなかった。
目が覚めたということはやっぱりあれは夢だったんじゃないのか?

「それってどういう・・・」

グウォオオオーーーーー

その疑問を口に出そうとした瞬間、周囲に獣の咆哮が響き渡った。

「今の鳴き声・・・うわぁ」

何か大きな塊が俺に飛びかかってきた。
それは男の身長を軽く超えるほど巨大な犬のような狼のような姿をしていた。
次の瞬間、目の前が男の背中でいっぱいになりそれは真っ二つになり消えていった。

「いいか。お前は私と同じ側の人間だ。普通ではない。」




こうして俺の世界は変わった。具体的にどう変わったかというと、俺はよく漫画とかに出てきそうな不思議な力を手に入れた。
正確には手に入れたというよ り目覚めたと言った方がいいのかもしれない。
不思議な力というのは「能力」と呼ばれていて全ての人間がもともと持っているものらしい。
ただ、大抵の人々の能力は深く眠っていて使うことはできない。
しかし、その能力がある日突然目覚めて使えるようになることがある。
そうやって能力を使えるようになった人のことを「能力者」と呼ぶ。

「ガチャ」

鍵を閉めて家を出た。
最近、能力者同士の殺し合いが増えてきている。
もともと殺し合いとまではいかなくても宗教や国の問題などによっての争いはよくあることだった。
しかし最近ではその争いが激しくなって殺し合いになり、さらには周りの能力者も巻き込んで大きくなり、戦争にまで発展することがよくあった。
雲ひとつない、青い空を見ながらボーっと考えた。
今、この世界のどこかでまた能力者たちの殺し合いが起こっているのかもしれない。
そして、能力者として目覚めた俺はいつその戦いに巻き込まれることになるかわからない。

「よっゆう!!」

校門のところまで来て急に後ろから声をかけられてびくっとする。

「おう」

こいつは 東 春輝(あずま はるき)。
俺と同じ学級でみんなにはハルってよばれている。ほんとうに春みたいなテンションのやつだ。
そして俺の名前は 久遠 結(くおん ゆう)。
「結」って書いて「ゆう」って呼ぶのは自分でも結構珍しいと思っている。
親いわく、なぜだかわからないがこの「結ぶ」という字を入れた名前がいいような気がして、いろいろ考えた結果この名前になったらしい。
最近ではなくなってきたが昔はよくまちがって女だと思われ「ゆいちゃん」なんてよばれることもあった。

タッタッタッタッ

そんなことを考えているとハルが軽やかな走りすぎていく。

「・・・・・はやっ!」

無茶苦茶速い。
思わず突っ込みを入れてしまうほどの速さだ。
ハルは頭の中は年中春みたいなやつで成績も下から数番目だけど運動神経は学年トップクラスだったりする。
ちなみに彼が今こんなにも急いでいるのは英語の再テストのためだろう。
走りながら英単語らしきものをつぶやいていた。朝からほんとにご苦労様だ。
しかし、あくまで「らしきもの」であってどこか他の国の言葉ですと言われればそれで納得してしまいそうなものだった。
今日の再テストはなんでも英語の先生が放課後に会議があるので朝にやるそうで、ほんと再テストを受ける人にとっては迷惑な話だろう・・・そんなことを考え ているうちに、まだあまり人のいないがらんとした廊下をぬけて教室に着いた。

ガラガラー

おれが着くころには大体三分の一ぐらいの人がきている。
他のクラスに比べれば結構多いがその割に静かだった。
その理由は決してこの学級が静かで穏やかな学級だからというわけではない。
むしろその逆で騒がしいぐらいだ。
そんな、「超」がつくほどにぎやかな学級がこんなにも静かなのは、大半が必死になって今日までの宿題をやっている、もしくは写しているからだった。
みんなはもうすでに誰が宿題をやっていて誰がやっていないかを把握しているため、宿題の貸し借りはとてもスムーズかつ効率的に行われていた。
何の教科の宿題を誰が誰に貸すか、すべてが決まっており更に予想外の大量の宿題等にも完璧に対応することもできる。
この学級はこういったことに関してだけは知恵が働き、そして団結力もあった。
そもそもこの学級は半分以上が宿題をやっていないというとんでもない学級で、一度そのことをある教科の担当者にこっぴどく叱られ、それ以来このようなシス テムが生 まれたのであった。
世間様から見ればかなりどうかと思われるシステムなのだが、この学級にはそんなことをいちいち気にする人間などいない。

「おはよぉ〜ゆぅ〜」

寝ボケた顔で挨拶しているのは 天月 綾(あまつき あや)。
さっきまで寝てたらしく挨拶をするなり再び頭を机に伏せた。
あやは朝に宿題を一生懸命やる側ではなくどちらかというと宿題を貸す側だった。
ちょっと天然の入った性格だが頭は結構いいほうだ。
あやとは小学三年のときからずっと同じクラスだった。
ちなみにハルとは幼稚園のころからの付き合いだったりする。

「よう」

ヘッドホンで音楽を聴きながら挨拶をしてきたのは 青木 遼(あおき りょう)。
俺の隣の席で、小学校までずっと俺やハルと一緒だったが中学に上がるときに親の転勤で引越し、そのあと高校に上がるときにまたこっちに戻ってきた。
りょうも朝に宿題をやる側ではなく貸す側だった。
それどころか、彼はなんと学年で一、二位という強者であった。
俺は一番窓側の列の真ん中の自分の席についた。
勉強はすべて学校で済ますようにしている。
家で勉強するのはあんまり好きじゃない。
つまり俺は朝に必死になって宿題をやる側だった。
必死になって脳みそと手を動かす。
家で勉強するのはあんまり好きじゃない、といったが結局どこでやろうがやっぱり勉強好きじゃない。

ふと気が付くと、だんだんと学級が騒がしくなってきている。
俺が登校してから数十分後、HRの時間になった。
とりあえずやるべき宿題はすべて終わらせた。
先生が今日の連絡をしている。
そのとき、勢い良く戸が開かれる音が教室に鳴り響いた。

「ハァッハァッ。スイマセン寝坊しましたっ」

そう言って教室に入ってきたのは 水瀬 愛夏(みなせ あいか)。
あやの家の隣にすんでいてあやとはまるで姉妹のように仲がいい。
こいつとは中二のときはじめて同じクラスになったが、小学校のころから良くハルや綾やりょうと一緒になって遊んでいた。
愛夏もベクトルがハルと同じ方向で、ハルほどではないが成績が悪くその分運動神経がよかった。
その証拠に、朝から学校まで全力疾走しても軽く息が乱れる程度でそれもすぐに収まり、さらにこの季節この時間からもう大分暑いのにまったく汗をかいていな い。

「またか・・・おーい谷川ー今日でこいつの遅刻は何日連続だー?」

この今までに数十回聞いたセリフを聞くなり先生がため息交じりのゆるい声でたずねる。

「はい先生、これで七十日連続です。」

学級委員長の谷川 尚吾(たにかわ しょうご)が名列表を見ながらきびきびした口調で答える。
谷川はいかにも委員長といった感じで、とにかく真面目でしっかりしている。
頭のよさもまたとんでもなく、りょうといつも一位を争っている強者だった。
ちなみにこの二人と三位の間にはいつも軽く五、六十点の点数の差がある。
さらに運動神経もなかなか良く性格もいい、まさに完璧の委員長だった。

「七十・・・本当にすばらしいきろくだ。お前はギネス記録でも作るつもりか?まぁいい席に着け」

この担任 森木 良孝(もりき よしたか)は委員長とは対照的にほんとうに教師らしくない教師だ。
始めのころは愛夏のこともそれなりにしっかりと注意していたし反省文も書かせていた。
しかし、遅刻の日数が二ケタになってからはいちいち点検するのが面倒くさいという理由で反省文を書かせなくなり、記録も委員長に任せている。
最近では記録をつける必要もないんじゃないかとまでいうほどだ。
それに関しては 愛夏の遅刻日数=登校日数 という公式が成立つからなのだが。

「それでさっきの話の続きだが、今日の六時限目は来週のキャンプについての説明があるから五時限目が終わったらすぐに整列して体育館に入場するように、以 上。」

森木がそういうと同時にみんながいっせいに動き出す。
俺が机の上の宿題を片付け、授業の準備をしているとあや、愛夏、ハルが俺とりょうのところにやってきた。
俺達五人のグループはいまでもよく一緒に遊びに行ったりする。
高校生にもなって男女が一緒に遊ぶってのは珍しいかもしれないけど、もともと俺たち五人は小学校のころからの付き合いだしそんなこと気にしたこともない。

「ねぇねぇふたりともキャンプどうする?なんか先生に聞いたらほとんど自由時間なんだって」

「ほとんど自由時間ねえ・・・あや、それって森木がめんどくさがってうちのクラスだけってことはないよな?」

森木なら十分ありえる。
自分が飽きれば授業も途中から自習にするし、この前の球技大会なんて当日になってから「今日は球技大会だ」とか言いだした。
さらに本番直前にみんなに出る種目決めさせたあと、自分はそのまま保健室に行って寝てたらしい。
もちろん他の学級はもっと前に球技大会のことを聞いて一週間以上前には出る種目を決め、それぞれ放課後などの時間を使って練習をしていた。
それでもなぜか授業は遅れていなくてむしろ進んでるし森木の担当している学級は成績もよく、さらに運よく球技大会で総合優勝したときには気前良く学級全員 に 焼肉をおごってくれて、悪い人って言うわけでもない。
ただ道徳的、社会的には非常に問題がある。
しかもその金がどこから湧いて出てきたのかは誰も知らない・・・
ちなみになんでも保健室から出たあと一生懸命ラジオを聴いているところを目撃したという生徒がいるという。

「ダイジョブ。あたしがちゃんと先生にキャンプの日程見せてもらって確認したから。」

「あいかのわりには意外としっかりしてるな。」

りょうがぼそっとつぶやく。

「わりには?」

「地獄耳だな・・・まるで化けも『ボスッ』」

言いかけた瞬間鈍い音とともにハルがその場に崩れ落ちた。

「まぁあたしはこーみえてかなりしっかりしてるのよ」

「コブシの事か?」

言って後悔する。

「あっ」

 ドスッ

みぞおちにクリーンヒット。
無茶苦茶痛い・・・
だいたい俺は机に座っているっていうのに、どうやったらこうもバッチリみぞおちにあたるんだ?

「それでどうするの?私はなんでもいいんだけど・・・」

話の路線が大きくそれたのをあやが修正する。

「俺もスポーツだったらなんでもいいよ」

立ち直ったハルが起き上がるなり言う。

「おまえはスポーツしかできないんだろ?」

「そんなことないもん、大体りょうはおれに勝てるスポーツ一個もないだろ〜?」

「まぁでもあんたはトランプとかボードゲームみたいなの無茶苦茶よわいからねえ」

「みんなしてそうやってさぁ・・・」

「まぁまぁ。人には向き不向きってのがあるしね」

りょうと愛夏にいじられるハルをあやが慰める。

「ハルはたしかにかなり頭が悪いけど、でもそのかわりに・・・あれ?どうしたの?」

ハルはうつむいていじけている。

「あや。あんたもなかなかひどいこと言ってるよ。」

「あっ!!」

あいかに言われてあやはやっと気付いた。
ハルは頭が悪いとはっきりといわれると、たとえそれが事実であってもかなり落ち込む。

「ごめんハル。いまのはつい本・・・あっ、その普段もそう思ってるわけじゃなくて、いや。その・・・」

フォローになってない。
俺とりょうは笑いながら落ち込むハルと慌てるあやの様子を見ていた。
ハルもハルだがあやもあやでなかなかの天然ぶりを発揮している。
しかし
会話が一向に進まない。
あやがせっかく路線を修正したのに、自分でその線路の上に石像かなんかを置いて電車を止めてしまった。
いや、石像だと大惨事になってるのか。
そうこうしているうちに予鈴がなってしまった。

キーンコーンカーンコーン



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