第十話 鉄線と狂気
俺の家の手前にある十字路。
「!?」
そこで俺とりょうは何かに反応し同時に立ち止まった。
またか
そう思いつつ警戒しながら漆黒のコートをまとい仮面をつける。
一昨日の夜と同じような感覚だ。
となりで同じようにコートを身に纏ったりょうと背中合わせに立ってあたりの様子をうかがう。
「来た!」
りょうのその言葉を合図にそれまでの静寂は破られ戦いが始まった。
あたりには十字路を埋め尽くすように無数の人型をした影が湧き上がってくる。
りょうが身の丈ほどもある金色の刃を作り出し、俺を守るように俺の周りにいる影を切り裂いていく。
切られた影は黒い霞となってだんだん薄れ消えていく。
その間に俺は「空間移動」を行う準備をする。
こんな住宅街のど真ん中でこれだけの敵を相手にまともにやり合えば一般の人間にも被害が出てしまう。
それだけは何があっても避けたい。
だから、規模の大きい戦闘になるときは味方も敵もまとめて適当な「欠片の空間」に移動する。
しかし、これを行うには移動させるものをある程度把握していなければならないので結構な神経と時間を要する。
りょうが時間を稼いでいる間に神経を研ぎ澄ませ敵の量と大体の位置を感じ取ろうとしていると、無数の影の中にひとつ強力な能力者の存在を感じ取った。
「奥にこいつらをまとめている能力者がいる!」
それをりょうに伝えると同時に俺は空間移動を発動させた。
自分を中心に地面に一滴の波紋が広がり、それにあわせて不思議な文様が広がっていく。
「術式」と呼ばれるものを使うときに現れる「式」だ。
術式とは力の特殊な使い方の一つで、式と呼ばれる文様を描きそれにあわせた力を流すことで特定の現象を引き起こす。
術式を専門に研究し扱う人のことを術式士と言い、俺もその一人だ。
まわりに浮かび上がる文様の中、再び一滴の波紋が広がる。
今度の波は黒い灰色の大地を引き連れて広がっていった。
それにあわせて辺りも暗くなり、何もない真っ黒な空間が家や街灯の小さな灯りを飲み込んで広がってゆく。
そして最後に音もなく文様は消え移動が完了した。
「オッケーいくぞ」
そう言うと同時に再び背中合わせに立って構える。
手に力を集中し周りの影を一掃できるような巨大な刃をつくる。
それを左斜め後ろに向け、右肩と右足を前に出して構える。
背中の後ろでりょうも同じように大きくした刃を同じように構えた。
そしてふたり同時に刃を水平に振りぬく。
影がみるみるうちに真っ二つになり、あたりは影のもやで濃い黒い霧がかかったようになる。
すると、
ガッ
その中、俺の刃が鈍い音とともに途中でとまる。
それに気づいたりょうが黒いもやの中、俺の刃を止めたそれとの間合いを一気につめる。
りょうは間合いをつめるほんの一瞬の間に残った影をすべて切り裂きながら刃を圧縮して普通の大きさにもどした。
そしてその高速で間合いをつめた勢いのまま相手に切りかかる。
ガッガッ
刃が硬い何かにあたったような鈍い音が二回連続で何もない空間に響く。
一撃目が防がれ、切り返して二撃目を放ったがそれも同じように防がれたといったところか。
りょうが空を切る音とともに間合いをとるために飛び退き、丁度俺と相手の中ほどにたった。
それにあわせて俺も巨大化していた刃を縮め構える。
だんだんと黒い靄が薄れ相手の姿が見えてくる。
いったいどんな相手なんだ?
いままで魔物を相手にすることはいくらでもあったが、能力者を相手にするのは正直俺もりょうも初めてだ。
薄っすらと見えてきたそいつは俺たちと同じように黒いコートを着ている。
しかし、仮面だけは俺たちのような白ではなく漆黒の仮面。
そいつの周りでは鋼色の何かが半球の一部分をつくっている。
それで俺たちの攻撃を防いだのだろう、鋼色のそれは3箇所でその形をつくっていた。
「裏の機関か・・・」
「ご名答」
つぶやくように言ったりょうにそいつは見下すように笑いながら返した。
「一人を標的にしていたのに二人も釣れるなんて俺は運がいい。そうだろ?いや、お前らにとっては運が悪いのか」
周りの鋼色のそれはだんだんと消えてゆく。
その間も頭にくる見下すような笑いは止まらない。
「まあせいぜい俺に殺されることをありがたく思いなっ!!」
そいつはそういうと同時に右手を前に突き出した。
それと同時に音を全くたてずに細い何かが無数に鋭く飛んでくる。
俺とりょうは高く飛び上がりそれを避けた。
今度は左手を下から上に振り上げ、その動きにあわせて再び細い線が俺たちに向かって襲いかかる。
それを空を蹴り真横に飛んでなんとかぎりぎりのところで避けた。
目の前をものすごいスピードで通り過ぎていくそれを見て気づいた。
「りょう。このほそいのは鉄線、ハイマだ。」
ハイマとは特殊な武器のことで、大抵の武器はさっきの刃のように力を変形させて作り出すか、普通の武器、たとえば刀などに力を流して使う。
しかし、ハイマはそれ自体が能力者のように力を出し続けている。
ハイマは一人の能力者に一つずつ備わっていて、人によってさまざまな形状をしている。
正式名称はハイマだが片割れや欠片の武器など様々な呼び方がある。
「なかなかいい動きだ!!これは楽しめそうだな!!いいことを教えてやろう。俺はトゥリトス、裏の機関のNo.3だ」
「No.3!?」
裏の機関では強さの順にナンバーがつけれらていく。
No.3となるとかなりの強さだ。
今までいくら実践を積んできたとはいえ相手は魔物。
さらに相手が裏の機関のNo.3となると正直二人でも勝てるかどうか自信がない。
だがそんなことは言ってられない。
負けたら待っているのは死だけだ。
絶対に勝たなくてはならない。
「おまえらはNo.10ヴィオとNo.11レイだな。いっきに二人もやられるなんて表のやつらにとってもそうとうの痛手だろうよ。」
え?なぜ俺たちの名前を知っているんだ?俺とりょうはまだ裏の機関のやつらと接触したことがないから名前はわからないはずだ。
「ぼうっとしてるとは余裕だなっ!!」
鉄線がまとまってドリルのような形状となって襲い掛かってくる。
それをとっさに何とか刃で横に受け流す。
その隙にりょうがものすごいスピードでトゥリトスに切りかかっていく。
「これでどうだ!!」
りょうの攻撃を防ごうと集められた鉄線に触れた瞬間、刃が燃え上がり鋼鉄の壁が焼ききられる。
「あまい!!!!」
鉄線の壁の中に入り込み丸腰の相手に切りかかろうとしたりょうの両手首を鉄線でつくった縄が縛り上げ後ろに放り投げる。
さらにその後を追うようにして鋭い鉄線が襲い掛かる。
とっさに俺はりょうと鉄線の間に体をねじ込み同じように炎の剣で鉄線を焼ききる。
やっぱり。
普通のハイマならこんな簡単に熱で焼き切れたりはしない。
おそらく本体は別のところにあるのだろう。
「腕輪だ」
後ろでりょうが言う。
「鉄線はあいつの両腕につけてる腕輪から出でいる。」
そうなるとやっぱりこの鉄線をいくら切っても意味がないということか。
「もうおまえたちに勝ち目はないな!!周りを見てみろ。」
地面一面にトゥリトスの鉄線が敷き詰められている。
これは最悪だ。
この鉄線はやつの思い通り自由に動く。
つまり、俺たちはいつ串刺しにされてもおかしくない状態というわけだ。
「合図したら飛ぶぞ。」
りょうに小さくつぶやく。
それと同時に式を構築していく。
そして、
「よし」
合図とともに同時に高く飛び上がった。
予想通り高く飛び上がる俺たちの後をおって鉄線が突き上げてくる。
それにむかって手を重ねて突き出し、術式を発動させた。
手の平から文様が広がる。
こちらに向かってくるはずの鉄線は文様にあたったところで消えていった。
「なっ!?」
トゥリトスが声を上げて驚く。
文様にぶつかり消えた鉄線はトゥリトスの前に現れていた。
トゥリトスはとっさに自分に向かってくる鉄線を二つに分けて自分に当たらないようにする。
空間接続の術式。
特定の二つの位置をつなぐものだ。
うまく使えば防御だけでなく移動や反撃もできる結構便利な術式だ。
「やるじゃねーか」
そう言いつつトゥリトスは鉄線を文様の手前で切り離す。
残された鉄線はとたんに命を失ったかのように消えていく。
「あいつの動きを止めるからあれを」
小さな声でりょうに言う。
「わかった」
返事を聞くと同時にりょうの前にたち右手を前にかざす。
「こんどはなにをやってくれるんだ?」
「さぁな!」
言い返しつつ式を編みながら前に出した手に力を集中させる。
トゥリトスが鉄線をこちらに突き刺そうとしてきたがそれをりょうが炎弾を飛ばし打ち落とす。
りょうが援護してくれている間にまず、右手から無数の小さい光の玉を飛ばす。
玉は空中のあちこちで停止する。
何もない空間にまるで蛍が飛んでいるようだった。
次の瞬間、相手が玉を警戒して破壊し始める前に、術式を発動させ同時に集中させた力を爆発させる。
壮大な爆発音が鳴り響く。
あたりを飛んでいた美しい蛍は轟音と爆風とともに爆破する。
まるで巨大な爆弾を爆発させたように、俺たちの前の空間がすべて吹き飛んだ。
蛍のような光の玉はすべて式を小さく圧縮したもので共鳴の術式だった。
もととなるオリジナルの式に爆発を加えればほかの式、光の玉もすべて同じように爆発する。
さっきの瞬間、右手の前にオリジナルの式を展開し、それに向けて力をかなりの規模で爆発させていた。
しかし、目的はこれではない。
きっとやつならこの程度は確実に防ぐだろう。
本当の目的は・・・
ヒュッ
何かが俺の後ろから空を切り爆発に穴をあけながらトゥリトスに向かって飛んでいく。
それはりょうのハイマ、欠片の武器が放ったものだ。
りょうのハイマは巨大な弓。
放たれた矢は的に当たるまで直進をつづける。
ガッ
爆発がやみトゥリトスの姿が見える。
ぎりぎりのところで周りの鉄線をすべて使い矢を抑えている。
矢は鉄線に防がれてはいたが勢いは止まらない。
「お前の矢を抑えるなんてあいつなかなかやるな」
「まぁどうせ抑えるのだけで精一杯だ」
矢はあたるまで直進を続けるが避けられてしまえばそれまでだ。
しかし、今あいつは抑えるので精一杯で軌道をそらすのも無理だろうし、スピードが速すぎてあの状態からだと避けるのも難しいだろう。
「きりがないな。後は任せる。」
「オッケー」
刀を錬成してから瞬間移動を使う。
刀には錬成するときにそれなりの量の力を仕込んでおいた。
瞬間移動はかなり難易度が高く、さらにかなりの力を消費するのでほとんどの能力者はすすんで使おうとはしない。
きっとトゥリトスも俺が瞬間移動を使うなんて思わないだろう。
視界が遠ざかり後ろに引っ張られるような感じがした次の瞬間には必死に矢を押さえるトゥリトスの背中が見えた。
トゥリトスの右斜め後ろから左の腰に向かって横に刀を振りぬく。
直前でトゥリトスが俺に気づき矢を抑えていた鉄線の一部で壁をつくる。
刀が止まる。
が、それによってぎりぎりのところでとめられていた矢が動き出す。
トゥリトスはそれをよけようと身を捻るが間に合わない。
矢はトゥリトスの右肩を貫通して俺の真横を通り過ぎていった。
気を抜けば矢が通ったのかどうかも気づけないほどの速さだ。
「くそっ」
トゥリトスは右肩を押さえながら振り向きすべての鉄線をこちらに突き刺してきた。
トゥリトスの腰のところでとまっている刀に仕込んでおいた力を一気に開放する。
刀身が砕け散った。
開放された力は波動となって爆発のように広がる。
俺は波動が自分のところに来る前に刀をおいて瞬間移動しりょうのところへもどっていた。
「後は頼む」
「あぁ」
そういってりょうは力の爆発を受け横に吹っ飛んでいるトゥリトスにむかって立て続けに何発も矢を放つ。
矢はすべて命中、貫通していった。
りょうはトゥリトスが地面に落ちたところで連射をやめる。
「くそガキどもが・・・調子に乗りやがって・・・」
なんと、あれだけの矢を浴びたトゥリトスは再び立ち上がった。
立て続けの攻撃で砕け散った仮面の下は狂気でおぞましいほどにゆがんでいる。
はじめのような笑いも欠片もなくなっている。
「りょうの矢をあれだけ喰らったのに」
「こうなったら・・・道ずれにしてやる・・・」
そういったトゥリトスを中心に巨大な式のようなものが広がる。
「これは!?」
空間いっぱいに広がる文様を見て考える。
「これ、術式とは違う・・・」
「それじゃあいったいなんなんだ?」
この文様は何か根本的なものから術式と違っていた。
「それじゃあ地獄でな」
トゥリトスは最後に狂ったような高笑いをしながら消えていった。
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