第十三話 Old days -アズテル-




俺が機関に入りアズテルに面倒を見てもらうようになってからもう少しで1年。
俺も中学生になりいろいろな面で成長していた。
能力に関してもアズテルの指導のおかげで一人で任務をこなせるまでに成長した。


「もうすぐ一年か・・・」
原則として機関に新しく入った者に指導者としてつくのは1年までとなっていた。
アズテルとはもう師弟というよりは兄弟のような仲でいつも一緒にいた。
アズテルから離れるのは巣立っていく雛の気分のようで、正直寂しさがあった。
まぁアズテルが俺の指導者からはずれても同じ機関にいるのだから変わりはないのだが・・・
「寂しいのか?」
「まぁ・・・」
「同じ機関にいるんだからずっと一緒だろ?」
「そうだけどさ」
そうだけど、今までは俺が機関の一員としているときはいつも一緒にいたのに、これからはそうではなくなるとなるとなんとなく寂しい気がする。
「大丈夫。俺が指導者から外れてもそれだけで何にも変わらない。いつも一緒だ。」
変わらない。
そう頭でわかっていても気持ち的にはなんか違う気がする。
「まぁ正直俺も寂しいんだけどな。お前みたいに小さいやつの面倒見るのは初めてで、まるで弟ができた気分だった。」
「俺もアズテルがまるで兄みたいだった。」
アズテルがそれを聞いてやさしく笑う。
そして、大きく息を吐いてからニヤリとしていう。
「なんかしけた会話だな、まるでどっちかが死ぬみたいだ。」
そういわれて、一瞬頭を過ぎる予感。
普通の生活を送っているよりも死に近い世界。
俺たちのいる世界はもともとそういう世界だ。
俺だけでなくアズテルにもいつ何があるのかわからない・・・・
「冗談だ。それに俺はそう簡単にはくたばらない。俺は強いからな」
そう考えた俺の表情を読み取ったのだろうか?
一瞬驚いた顔をしてから、そう言って笑いながら軽く俺の頭をたたいた。
「それじゃあ今日はここまでだ。また明日な」
「うん」
そういって俺は家に帰っていった。



その日の真夜中のことだった。
赤く怪しく輝く鳥が俺の枕元に舞い降り、俺がそれを確認すると火花のように散って消えた。
「緊急招集?」
俺は急いで機関の部屋へと向かう。
俺が着くころにはほぼ全員がそれぞれの席についていた。
黒い輪が一箇所だけ欠けている。
「これで全員そろったな」
え?思わず口に出そうになる。
まだ、アズテルの席が空いている。
嫌な予感が脳裏を過ぎった。



「アズテルが死んだ・・・」



死んだ・・・?


アズテルが?


「彼の黒の石が帰ってきた。その後、彼のハイマを発見したが風化が進行して消えてしまった。」
黒の石には持ち主が死んだらゼロの手元にもどるように術式がかかっている。
ハイマも本人が死ぬとその瞬間から風化を始め消えてしまう。
「そんな・・・」
声もほとんど出ない。
ショックで視界が遠くなっていき眩暈のような感覚がする。
「彼の石を送る・・・」
そういってゼロは丸く並んだ椅子の真ん中に石を置いた。

黒石送り

アズテルに一度だけ聞いたことがある。
持ち主が死んでしまいゼロの手元に戻ってきた黒の石をおくる儀式。
死者が出ることが多かった機関の設立当初に、死んでしまった仲間の魂を送り出すためにつくられたしきたり。
石の周りにうっすらと文様が浮かぶ。
術式の文様はいつも見ていたが、この文様にはいつものそれとはまったく違う儚さ、悲しさ、そして美しさがあった。
その文様が広がっていくと同時に、こぶしほどの大きさの石が金色と漆黒の光の粒となってゆっくりと上へのぼっていく。
幻想的な空間だった。
文様は俺たちの足元を通って、部屋の床一面を飲み込むほどに大きく広がり、その文様全体からもわずかに黒と金の光が舞い上がり、それは俺たちの頭の辺りで 消えていく。

アズテル・・・
本当に自分の兄だと思っていた。
厳しいこともあったがとても優しかった。
涙で視界が歪んむ。
涙がとめどなくあふれてくる。
それでも歯を食いしばって声は上げないようにと頑張った。
ここまで俺を強く育ててくれたアズテルのためにと。
石が完全に消え、最期の光の一粒が上へと上がり消えた。

「これで・・・解散とする」
死んだ機関の者をおくるためのこの儀式は美しかったがもう絶対に見たくないと思った。
それほど悲しすぎる儀式だった。
俺は初めて大切な人を失う経験をした。
皆が無言で消えていく中、その場を立ち去ることができなかった。
真っ白い部屋に誰もいなくなったその後にアズテルの席に座った。
「アズテル・・・ほんとにありがとう」
しばらくその席にうずくまっていろいろなことを思い出していた・・・




どれほど時間がたっただろうか。
俺は立ち上がり部屋から出た。
前に一度アズテルと並んで歩いたことのある通りを、何かを考えるわけでもなくただぼーっと一人で歩いた。

ドクン

「ん!?」
不思議な感覚がする。
まるで鼓動のような。

ドクン、ドクン、ドクン

周りの景色がサァーと変わっていく。
とっさに黒いコートを身にまとう。
「空間移動?」
それとは少し違う感覚だ。
今見ている景色が、何年も経ったペンキが剥がれ落ちていくように消えていく。
次の瞬間には白い地面の上に立っていた。
あたりは暗く白い地面だけがまるで光っているようだ。
その砂はまるで灰のよう。
「だれだ!」
後ろに気配を感じて振り返る。
そこには黒いコートが浮いていた。
まるで透明人間がコートをかぶって飛んでいるようだ。
手袋や靴、ズボンはなかったが半分が黒、もう半分が白の仮面をつけていた。

サァー

まるでそいつに吸い込まれるような感覚になる。
「クッ、お前いったい何なんだ。」
次の瞬間。

ガッ

何かを振り下ろしてきた。
それを金色の剣を作り何とか受け止める。
「!?」
それはワインレッドの特殊な形の刃の薙刀、アズテルのハイマだった。
その薙刀はアズテルの持っていたものより色があせているような気がするが確かにアズテルのと同じだ。
剣に力をいれ後ろへ思いっきり飛びのく。
「まさか・・・おまえがアズテルを?」
そのハイマを見ただけで直感した。
「お前・・・」
怒りがこみ上げてくる。
左手に漆黒の剣をつくり黒コートに飛び掛った。

ドッ

「グッ!?」
みえない衝撃に全身を打たれ、後ろへと吹っ飛ぶ。
とっさに受身をとって体制を立て直した。
「くそっ」
飛ばされた力を利用して再び飛び掛るが同じように跳ね返されてしまう。
ならばと思い光弾を無数に発射する。
しかし、それも簡単に消される。
「ソンザイガホシイ・・・ソンザイガ・・・」
そういいながら一気に間合いを詰めて再び薙刀で切りかかってくる。
上、右下、左、右、上、下・・・
つぎつぎと振られてくる刃を両手に持った剣で防ぐ。
はやい!
追いついていくのがやっとだった。
体裁きを繰り返して攻撃を防ぐ。
時たま隙を狙ってこちらからも切りかかるが簡単にとめられる。

シュパッ

「くっ」
刃が顔面すれすれを通っていき仮面を薙刀が真っ二つに切り分けていく。
ガサッという音を立てて真っ二つになった仮面が地面に落ちた。
ぎりぎりのところで体を反らし切れたのは仮面だけですんだが、そのせいで体勢が崩れてしまう。
相手の次の一振りが来る前に自分が使えるありとあらゆる術式を発動した。
視界が炎や風、氷などのありとあらゆるもので覆われる。
炎が焼き尽くし、風が切り裂き、氷が凍らせる。
やがて術式が終わり視界が元にもどった。
「効かない・・・?」
そいつは無傷だった。
コートに焦げ目一つ、傷一つついていない。
黒コートが薙刀をもった腕を上げる。
すると、薙刀の刀身を中心に式が浮かび上がる。
とても複雑な式。
太古の術式。
「アズテルの・・・技・・・」
薙刀が業火に包まれる。
太古の術式”地獄火”を自分のハイマにかけるという特殊な技。
アズテルにしかできない技だ。
教えてはもらったが難しく、俺には地獄火を普通に使うことすらできなかった。
さらに武器に術式をかけるというのはそれだけでかなり難しいのだ。
「絶対にたおす!!!」
燃え上がるハイマを見ると、怒りと悲しみこみ上げてくる。

ジャラン

なにか鎖が砕け切れるような音が響いた。
力が溢れてくる。
手の周りには金、黒、白の3本の細く長い刀身が現れ、刃先を俺の手と同じ方向に向けて浮いていた。
3本の剣はゆっくりと手の周りをまわっている。
手首の周りから伸びて浮いているその剣は俺の自由に動かせた。
黒コートがこちらに切りかかってくる。
こちらも迎え撃つように切りかかり、刃をあわせる。
炎をまとった薙刀がゴゥと音を立てて振られる。
構え、動き、型、すべてがアズテルと同じ動きをする。
「まねするな!!」
思いっきり剣を薙刀にたたきつけると薙刀が吹っ飛んでいく。
すかさず黒コートに剣を突き刺そうとする。
「クッ」
またもさっきと同じ衝撃に、前ほどではないが1,2メートル吹き飛ばされてしまう。
この攻撃は厄介だ、防ぎようがない。
ふと、黒コートが見えない手をかざしてくる。
「!?」
一瞬意識が遠のくような感覚がする。
すると、3本の剣が消えてしまった。
「え?」

サァ

「ッ!!」
目の前に黒いコートがある。
自分の腹を見てみるとコートの腕が体を通り抜けている。
血は出ていない、しかし体に力が入らなかった。
もう、だめだ・・・

 ヴィオ!!しっかりしろ!!

アズテル?
目の前の黒コートの姿にアズテルの姿が重なる。

 コイツをたおせ!!

「アズテル・・・」
最後の力を振り絞って金と黒の剣を作り出し横一閃に振る。
コートには傷がつかなかったがそいつは俺から腕を抜いた。
よろめきながら後ろへふらふらと下がっていく。
視界がゆがんでいく。
最後に黒いコートが溶けるように消えるところだけが見えた。
そのまま俺は意識を失い灰のような地面に倒れた。





「あいつこれを消そうとしたな。」
「あぁ。だが結果的には死んでないから問題はないだろう。それにもしも本当に危なくなったらアレを止めるつもりだった。」
「あいつを相手にしなきゃいけなくなったかもしれないってことかよ?冗談じゃねぇ。あいつの相手なんかしてたら、ヘタすりゃ消されちまうっつーの」
「とりあえずやることを先に済ますぞ」
「はいよ」
二人の黒コートが地面に倒れている黒コートをはさむようにして立っている。
二人の黒コートの間、倒れている黒コートの下に文様が浮かび上がる。
その文様は倒れている黒コートに吸い込まれるようにして消えていった。




倒れたそのあとの記憶はない。
ゼロが俺を発見し機関に連れて帰り、その後エアルの治療によって意識を取り戻した。
ゼロの話ではおそらくあの黒コートはまだどこかにいるかもしれないということだ。









変革の時
でもそれは経過でしかなくて
いままでのこの時間は序章にすぎない
箱庭の中で始まり終わっていく劇の


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