第二十四話 星空の下




ザァーーー

夜の海は少し冷える。
それでも冷たい空気はさっきまで動いて火照っている体を冷ますにはちょうどよかった。
ちょうどいいはずだった。

「・・・・・・」

何だろうこの空気は。
周りはカップルだらけで、言ってる本人達からすれば最高セリフなのだろうが、傍から聞けば甘ったる過ぎるセリフが時々湧き出してくる。
俺が求めていたものがさっぱりしたシャーベットなら、この状況は軽く溶けていて砂糖を思いっきりかけられたアイスクリームといった感じだろうか。

「ゆう?」

隣に座っているあやが軽く上目遣いで見つめてくる。
この状況では甘ったるい空気を気にした俺の負けらしい。

「あのさ、昼間に聞いたよね?どうして私がゆうの嘘のカード当てられたか。」

「うん」

どうして今になってダウトの話なんだろう?

「昼間は恥ずかしくていえなかったけどゆうのカードを当てられたのはゆうが嘘ついてるのがわかるからなんだよ。ゆうのこといつも見てるからなんとなくゆう が嘘をついてるとわかるんだ。なんていうかこークイってなるんだよね、顔が。」

「あや・・・」

・・・毎回クイってなってたのか。

「これからも私ゆうのことずっと見てるから、ゆうもずっと私のことを見ててね?」

上目遣いで軽く照れながらはにかむように言うあやを見てかわいいと思わずにはいられなかった。
そしてそう思う奥になんともいえないような気持ちがあるのに気がつく度に、自分はあやのことが本当に好きなんだということを実感するのだった。

「もちろんだよ。ありがと。」

ゆうは軽くあやの肩を抱きしめて優しく唇を重ねた。




「おっ帰ってきたね。あたしはてっきり朝帰りかと思ったよ。」

「もう!あいかぁ」

「委員長と双子は?」

さっきまで肉を焼いていた網の周りではりょうとはると愛夏の3人が座っているだけだ。

「班員のところに戻った。さすがにずっとこっちにいるわけにもいかないしな。後片付けもあるだろうし。」

そっか。この班は焼肉だから網だけでいいのか。
紙コップに紙皿を使ったので洗いものはない。
むこうの班は鉄板を持ってきて焼きそばとかをやったらしいからいろいろと片付けるものがあるのだろう。

「あっ、すごーい星がキレイ」

そういってあやが突然上を指差した。
上空には街灯のある町中と違って墨のような黒にたくさんの星が広がっている。
町中で見えていた星空は本当にわずかだったのだと思い知らされる。

「あっちの広場に行こう。あそこなら横になって見れるし。」

はるがはしゃぎながらもうひとつの広場のほうを指差す。
きっとこの時間ならあまり人もいないだろうし、ゆっくり星を見られるだろう。
そう思って広場に行ってみると驚いたことに誰も人がいなかった。
たまに誰かが通るくらいで深い星空の下には静寂な空気と俺たちの話し声があるだけだ。
俺たちは頭を真ん中に寄せるかたちで放射状に仰向けになって横になっていた。

「こんなすごい星空街中じゃ絶対見られないよね。」

「そうだね。あたしも初めてみたよ、こんな空。」

「なんか不思議だよなあ〜昨日買い物の帰りに見た空とこの空が同じなんて。」

「あんた柄にもないことを言うわね。」

「でも確かにそうだよね。空は同じでも見る場所や見る人によって感じ方がぜんぜん違うんだよね。」

「でも、俺たちはいまきっと同じことを感じていると思う。なぁりょう。」

「あぁ」

俺たちはきっとまったく同じ気持ちでいるだろう。
普段考えていることが違っても今感じているものは同じだ。

「そういえば、前にもこういうことあったよな」

「ゆうも覚えてたんだ。小学校のときだよね。近くの山まで行ってUFOを見るんだって。」

「そんなこともあったな。確かあの時はハルと愛夏がかなりはしゃいでたな。」

「オレもばっちり覚えてる。登ったはいいけど曇ってて何にも見えなかったんだよな。」

「そうそう。たしかあのときあんた半べそだったわよね。」

「なんでそんなことまで覚えてるんだよ・・・」

「何にも見えないって言いながらちょうど今とまったく同じように横になってたんだよね。そしたら真上の雲が少し裂けてそこから綺麗な満月が出てきたんだよ ね。私あのときの空もはっきりと覚えてる。」

「あれもすごい綺麗だったよな。月光の柱が何本か降りてきてて。UFOのことなんてすっかり忘れてたもんな。」

きっとあの時もみんな同じことを感じていた。
そして今も俺たちは一緒にいて同じことを感じている。
あやだけじゃない、ここにいるみんなと俺はずっと一緒にいた。
そして、これからも。
大人になれば別々の道を歩むかもしれない。
でも、こうやってひとつであった記憶は残り俺たちに刻まれる。
きっとこの記憶がいつか離れ離れになっても俺たちを結び付けてくれるんだろう。


どれくらいの時間がたっただろうか。
時々昔の思い出や最近のこと、他愛もないことを誰かが口にしてみんなで話し始め、それが深い空に溶けていく。
そんなことを繰り返していた。
こんな時がずっと続くことを俺は祈った。
それは、もしかしたらおれがもうひとつの世界を知っているからかもしれない。
世界は同じでもどこから見るかによって見え方は違ってくる。
できることならあやたちには今までのままの、世界の危険な側面を知らない生活を送ってほしい。
俺は今の状況を後悔しているわけではないがみんなを危険にさらすのは避けたい。
昨日のことで俺ははっきりと理解した。
俺が見ている世界はもしかしたら変わっていってしまうかもしれない、俺が変わるのではなく。
この世界を見ていくにはもう、それなりの覚悟が必要だ。
甘い覚悟では、確実に死ぬ。
俺はそんな世界に3人を巻き込みたくはない。



そんな願いは空に溶けていくのでもなく空中でかき消されてしまった。
その終焉は、あまりに唐突であっけなかった。

五人が横になっている地面に文様が広がる。


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