第二十九話 黒い海




彼の体は勝手に動いていた。
その体は本来人間があるべき姿とはかけ離れている。
体全身が皮膚ではなく金銀黒の三色の液体のような固体のようなもので覆われていた。
その形もとても人間であるとはいえない。
背丈は彼の倍以上あり腕のように太いその指の先は鋭くとがっている。
化け物。
それ以外に形容できる言葉が見当たらない。
そしてそれを動かしているのは久遠結ではなく怒りと憎しみ、恐怖。
それだけだった。

「ユルサナイ・・・カエセ・・・コロス・・・コロス・・・」

化け物の中から久遠結の声でもれてくる言葉はそう言っていた。

「やっと目覚めたね。化け物が」

普通の人間ならば腰を抜かしてしまいそうなその姿を見て、求める者はその容姿にあったうれしそうな表情をしている。
そんなことも関係なしに化け物の巨大な手は求める者に向かって振り下ろされた。

「これでやっとお前の力を手に入れられるよ。」

子供は軽く横に飛んで鋭い爪をよけると同時に今までに得てきた力を開放する。
体が二人の機関の男を押さえつけ、彼の友人である三人を消したのと同じ黒い物体で覆われてゆく。
それは禍々しい黒い影の化け物。
堕ちたる力の塊と、それと対を成す力の塊の対峙。

彼に選択をさせた私の選択は正しかったのだろうか。
運命から断ち切られてしまった私には知るすべもない。



ゆうは求める者の攻撃を硬く透明な壁で防ぐと、三色の光弾を発射する。
それを瞬間移動で避け、すばやく移動しながら何百もの黒い光弾を発射する。
ゆうはその動きに追いつけず、無数の光弾の雨が降り注ぐ。
しかしその中でもゆうは平然と立っていた。
これほどの光弾を浴びてもまったく動じないその姿に力を求める者は一瞬たじろいだ。
力はゆうのほうが明らかに絶大だったがその体をまだうまく扱えていないようだった。
動きがぎこちなくまるで操り人形のようだ。
求める者はその隙をみて背後に回り巨大な腕を振り上げる。
そして、背後からゆうの体をつらぬこうとした。

グサッ

「どうして・・・・?」

口から漏れるのは驚きと恐怖が混じった声。
求める者の体にゆうの腕が突き刺さっていた。
その腕は本来あるべき位置からではなく背中からはえていたのだった。
ゆうが振り返り、はえてきた腕と元からある腕の一方を重ねる。
するとまた腕は何事もなかったかのように全部で二本となる。

「まだその体に慣れていないと思って甘く見ていたよ。まだその化け物の姿が定着していないことでこんなことができるなんて。だけど僕の勝ちだね」

その声は笑い声を無理やり抑えているようであった。
ゆうの腕が突き刺さっている部分から黒く侵食されいっていく。

「僕の目的は別に君に勝つことじゃない。これでやっとお前を取り込み、その化け物並みの力を手に入れられるよ・・・・ん!?」

求める者の喜びの声が再び驚きと恐怖に染まる。

「そんな馬鹿な!?」

腕の侵食が押し返されていた。
腕の色は元にもどり、今度は逆にゆうが取り込みつつあった。

「くそっ、こんなはずじゃ」

腕を抜こうと足掻くがぬけない。
あっという間にその黒い体は侵食されて取り込まれていった。

「うぅぅ・・・・」

元の小さな体だけが残りうなり声を上げている。
小さくうずくまっているその姿にゆうの巨大な腕が容赦なく振り上げられる。
そこには一瞬のためらいも哀れみもなかった。
そして、それ故にあっさりと終わってしまった。
血は出ない。
体が黒い靄となって消えていった。
それと入れ替わるように黒い欠片が現れて形を作っていき三人の姿へと変わる。
それを見た瞬間に化け物の姿は溶けるように消え、少しふらついているが安堵の表情を浮かべているゆうが立っていた。
ゆうは三人のもとに駆け寄るが誰も目を覚まさない。
あやの体を揺すってみるが反応はなく、体を揺すり続けるその姿はただただ虚しかった。
静かな首元に手をあてると、そこにはわずかな呼吸も脈拍も感じられない。

「嘘だ・・・・・」

あいつを倒したのに・・・

俺が遅すぎたのか?

そうつぶやきながらゆうが座り込んだのは再びあの扉の前だった。
正面の扉の中では三色の光の中で何かがうごめき、その後ろには前まではなかった漆黒の海が広がっている。
ゆうが立っていられる地面は本当にわずかにしかなかった。
そしてゆうはその暗い海の奥にわずかな光を見た気がした。

ピシャッピシャッ

静かな音を立てて真っ黒な海へと入っていく。
海は深く、進んでいくと首までが黒い海に浸かる。
さらに進むと遠くに三つの光が見えた。

覚えている。
キャンプ場から飛ばされたときに確認した三人の光だ。
あそこまでいけば・・・
!?

黒に頭まで浸かった瞬間に不気味な感覚に襲われる。
まるで、黒い水に押しつぶされていくみたいだった。
ちょっとでも気を抜けば一瞬で溶けていってしまいそうだ。
それでも一心に重い水を掻き分けていく。

後もう少し・・・

そう思った瞬間だった。
安堵したせいか気がわずかに抜けてしまった。
体が侵食されていく。
体中あちこちがかすれて黒く溶けている。

あと少し、少しだけでいいから・・・

消えかけた手の伸ばした指の先が光に触れる。

三人をもとに・・・

三つの光が強い輝きを放ち、意識が水の中から自分の体へともどる。
体は消えてはいなかったが何キロも泳いできたかのように重く呼吸もするのもやっとだった。

「よかった・・・」

さっきまで糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かなかった三人が目を覚ました。



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